Posted: 8月 6th, 2011 | Author: keisuke | Filed under: 旅 | Tags: paul bowls, sheltering sky, ベルトリッチ, 旅, 旅行

ずっと昔から「旅」と「旅行」を同一視することに違和感を持っている。
しかし、違和感を感じる度に「それ旅じゃないよね。旅行じゃん」とツッコミを入れたりしていると、止めどなくツッコむ羽目になるんで、両者を区別して認識していること自体が不毛だと思わされることが多々ある。
それぐらいに両者の同一視は、日本社会では一般的なことになっているんで、ついにツッコむことを控えるようになった。
それでも、ずーっとこの違和感は心をザワザワさせるのである。
「オレ、社会不適合者。受け入れろ」と自分に言い聞かせようと努力しても、このザワザワは止まらない。
そもそも、この区別が自分の中で意味を持つ様になったのは、Paul BowlsのSheltering Skyを読んだ時からだ。
もちろん、彼の言葉を読んだだけで、その区別が身にしみてしまったわけではない。
それでは、 テレビで毎朝やってる星占いを信じてその日の行動を決めるような人間みたいではないか。
胡散臭い人間であることに変わりはないかもしれないけど、さすがに言葉尻ですべてOKみたいな思想は持ち合わせていないのだ。
その区別が、Paul Bowlsの言葉をきっかけにして植え付けられたのは、それなりの「経験」によることも大きいのだ。
- 社会=「旅」も「旅行」も一緒。ちょっとカッコ付けたい時は「旅」って言って良い
- オレ=「旅」と「旅行」に区別あり。ちゃんとそれらを使い分ける。区別のきっかけはPaul Bowlsの言葉と自分の経験
こう冷静に並べてみると、「それ旅じゃないよね。旅行じゃん」なんて他人にツッコむ資格は自分にないね、、、、と、そう、ふと気づくわけ。
「オレの経験」を共有できる人が存在する事を期待するのはバカげている。
なので、
- 「オレの経験」をもっと社会に伝えて「区別しよう」と啓蒙していく
- 個人的な区別として、決して他人にそれを押し付けない
- とっても遠回しな方法でその区別を表現してみて、それに反応してくれる似ている感覚の人を捜したりしてみる
ってな選択肢が頭に浮かぶ。
一番安全なのは2. だ。誰も傷つけないし、自分も楽(でも、ザワザワはする)。
1. はかなりヤバいし、絶対にやりたくない。
これは「区別する人を大量に育てようという上から目線な思想」だ。
3. は一瞬「いいかも」と思うけど、似てる感覚の人を探したいわけじゃないし、たとえそんな人が見つかったとしても傷口をなめあって終わる気がするので、却下。
。
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というわけで、今後もずーーーっとザワザワするしかねーなって思うわけで、もう二度とこの区別については話さないようにしようと。。。そして、ひたすら無言で、個人的にこの区別の実践を行おうと思うのでゴザイマス。
ちなみに、ベルトリッチ監督の映画 Sheltering Sky は、映画としてはそんなに好きじゃない。
それでも、「どんな映画がスキ?」とぼんやりした質問をされると、この映画をボンヤリと一覧に入れてしまう。
小説は、やっぱりかなり好き。
これを読んだ機にPaul Bowls全集をゲットして、飽きるまで何度も読んだくらい。
Posted: 8月 5th, 2011 | Author: keisuke | Filed under: 花街 | Tags: 京都, 島原, 花街, 遊郭

今日(2011/8/5)は、京都SWITCH TVでやっている週刊トークショー「京都SWITCH的」に、きんせ旅館の店主・安達くんが出てくれる。
きんせ旅館は、築250年の元旅館で、いまでは安達くんが、昔の建物そのままにカフェ&バーを経営している(内装は昔の面持ちを保ちながら上手くアレンジされている)。
そんなわけで、「ちょと島原について復習しておこう」って気持ちがあるのと、、、
と、花街データベースの元になるものをつくっていこうと思ってたという背景があり、このブログではじめることにした。
第1回は「京都 島原」の章からスタートする。
「全国花街めぐり」のオリジナルは1929年に出版されているので、現在築250年のきんせ旅館を松川さんは見ているはず。
そう思うと、時間をこえた「つながり」が感じられて、テンションあがる。
歴史
室町時代(応永4年 1397年)に東洞院通七条下ルにあった傾城町(けいせいまち つまりは遊郭のこと)が島原の元と言われていて、これは日本最初の公娼地(公に認められたところって意味)だ。
その後、秀吉の時代(1589年)に二条万里小路(にじょうまでのこうじ)に「二条柳町」として移設。
さらに、江戸時代(1602年)には六条あたりの「六条三筋町」に移設。
これは、吉川英治の「宮本武蔵」で、超有名太夫・吉野を相手に武蔵が童貞喪失したって書かれているところ。
1641年には、現在島原とよばれているところにさらに移設され、この時の移設騒動が「島原の乱みたいじゃんかー」ってことで「島原」って名前になったという命名の一説があったりする。
きんせ旅館は、この100年後くらいに出来たってことになる。
ちなみに、、、国の重要文化財になっている揚屋「角屋」は、六条三筋町時代にできたらしい。置屋兼お茶屋「輪違屋」は1688年なんで島原に移ってからできた。
松川さんが見た島原
これが島原かと怪しまれるほどの寂しさ、人の行き来は稀で、中央の柳と桜の並木に沿うてゆくと、ところどころにある薄暗い行燈の蔭から、ちょいとちょいととおんなが客を手招きするなど、かつては夜の蘭燈に不夜城をあらわし、名妓、雲のごとく群集せる島原のケンシキもヘチマもあったものではない。
と、いきなり閑散とした島原の様子をなげいている。
今、夜な夜な木屋町あたりを歩くと、だーれもいなくて悲しくなるけど、遊郭においてそういう感じだと寂しさも倍増だろうなー。
それでも、松川さん、角屋にあがる、、、さすがです。
通されたのは30畳もある書院造りの大座敷だそうで、太夫さんをお呼びになったと。
ただ、その時代の太夫さんの卑しい商売っ毛を感じて「そぐわぬ気分」とも書いている。
要は、松川さんにはあまりよい体験じゃなかったようだ。
太夫と伯人と娼妓
松川さんのイマイチな体験はどうでもいいとして、歴史ある島原の女性にはいくつか「格」があった。
一番は「太夫」で、二番は「伯人」。
この2種類は、揚屋から呼ばれたら出動するタイプで、呼ばれたら呼ばれたでなかなかすごかったらしい。
まず、男衆が、漆塗りで太夫さんの名前が書いてある大きな札を掲げて揚屋までもっていき、揚屋の玄関にかざるらしい。
さらには、酒宴の道具や茶器やタバコセット。。。そしてもちろん枕なんかをお付きの人が運んできて、その上でようやく「太夫」さんが登場するとのこと。
さらに、さらに、、、登場時には「かしの式」っていう儀式があるとのこと。
これは、客によるチェックの儀式らしく、来た太夫さんが気に入らなければ「チェンジ」できたそうだ。
気に入る太夫さんがくるまで、何度でもチェンジできたらしいけど、実際はどうだったんだろう??
松川さんの場合には、この「かしの式」は省略されたらしく、「チェンジ」のチャンスはなかったと書いてある。
ちなみに娼妓は、呼び出されないタイプね。こっちから行くタイプ。
お値段
松川さんの島原についての記述には値段については書いていなかった。
なので、1930年(昭和5年)に出版された「全国遊郭案内(日本遊覧社編)」を見てみると、
居稼ぎの娼妓をあげれば一時間遊びが1円50銭からいろいろあるが、太夫を揚屋へ呼んで要領を得るには最低拾円はかかる
とあった。
1930年くらいでは、お米が10キロが2円50銭くらいだったらしいので、1円=3000円くらいとすると。。。太夫さんを呼ぶと30,000円って感覚。
うーん、うーん、、、
というわけで、第1回は京都・島原をピックアップした。
こういう感じで「全国花街めぐり」に載っている花街・遊郭をとりあげていくが、やっぱり実際にその場所に行って「現在の花街跡・遊郭跡」を見る事もわすれないで進めようと思う(見ずにまとめることもあると思うけど、「いつかは行く」という前提で)。
もちろん京都以外のところも同様。
Posted: 8月 4th, 2011 | Author: keisuke | Filed under: 写真 | Tags: 写真, 写真集, 有野永露, 都市

久しぶりに、グッとくる写真集に出会う。
有野永露(ありのえいむ)という人の、この写真集。
この人に「スキマの反対語なに?」と質問したくなった。。。というのが、写真集をみた時の第一印象。
欲しいと思ったけど、すでに絶版していると思うので(多分 エイムプレス社というご自身の会社から自費出版したもの)、手に入れるには古本を探さないといけないはず。
京都・今出川大宮上ルにある喫茶店「逃現郷」の本棚に存在しているので、好きな時に見にいける。
まあ、よしとしよう。
「スキマの反対語なに?」というネタを中心に、この人と酒が呑みたいなぁ。
Posted: 8月 4th, 2011 | Author: keisuke | Filed under: 言葉 | Tags: ミシェル・フーコー, 仕事, 言葉

「できることをやろう」ってのは、仕事で行き詰まった時に自然に頭に浮かぶ定型句。
そう自身で確認しなくちゃ行けない場合が多いのは、誰にとっても同じだと思う。
でも、やっぱり心のどこかで「できることだけやってたら、なにもできない」とも思っているわけで、そんな時に思い出すのがミシェル・フーコー―真理の歴史という本の冒頭に出てくるこの言葉だ。
できることをやりながらも、少しずつでも「できることの幅」を広げたいと思うわけだけど、その為に「考えていたこととは違ったことを考えようとすること(やろうとすること)」は、とっても重要だとおもうなー。。。と。
そして、この言葉を思い出すたびに、この不定形で大きいサイズの本を捨てようと思うのだけど。。。なかなかそれができないのであった。
Posted: 8月 3rd, 2011 | Author: keisuke | Filed under: 京都SWITCH | Tags: mac book air, ustream

photo credit: casek
京都SWICH TVでUstream配信する時の機材構成については、いろいろ試行錯誤している。
- どこにでも行ける様に機材全体の重量は小さい方が良い
- なんといっても安定性は重要
ってなわけで、配信につかうパソコンは、
- DELL Inspiron Mini9
- Think Pad T61
- Mac Book Air
と変化してきた。
DELL Inspiron Mini 9時代
初代はこいつ。
なんといっても、その小ささで採用。
Windows XPを入れて、「Buffalo PC-SDVD/U2G」
でカムコーダー「SONY HDR CX370V」をUSB接続することにした。
最終的にはメモリ不足でUstream Producer(無料版)が結構落ちるんだけど、落ちないで持ちこたえるケースの方が多かったので、 「ま、いっか」って幹事で使い続けてた。
京都SWICH TVは、結構緩い内容なんで、落ちたら落ちたで、焦らず再起動して続ける・・・でOKだと思ってたから。
でも、実際はライブの配信などを頼まれた場合に、かなりドキドキしながらやっていて、結局は「チェンジ!」
Think Pad T61時代
Mini 9がダメってことになったけど、カムコーダーとPCの接続に「Buffalo PC-SDVD/U2G」
を使っている以上、Windowsで行くしかない。
そこで、昔、仕事で開発マシンとして使っていたThink Pad T61を採用。
麗しのUbuntuがインストールされたHDD をフォーマットしてWindows XPを泣く泣くインストール。
メモリは2G載っていたので、かなり安定感が増した。
Ustream Producerも有料のPro版にしたりして、調子にのる。
しかし、問題はその「重さ」。
移動の時など泣きが入る始末(他の機材…オーディオ関連とか、モニター用PCとか、三脚とかもある)。
京都の夏を乗り切る為に、T61を諦めることに。。。
Mac Book Air時代(これから)
T61の重さに耐えかねて、いろいろ考えた結果、モニター用PCだったMac Book Airを配信+モニターに使う事にした。
「配信+モニター」を1台のPCでやるのは少し気が引けるので(よからぬトラブルの元になるとどっかで聞いた事もある)、
- 京都SWICH TV主催の週刊トークショー「京都SWITCH的」みたいな緩い場合はMBAで「配信+モニター」
- 他の人に頼まれるライブの中継などは、いままで通り「配信=Think Pad T61」「モニター=MBA」という構成で
ということにした。
問題は、「Mac Book Airとカムコーダーの接続」および「Mac Book Airにオーディオ入力端子がない」の2点。
「カムコーダーの接続」に関しては、「KEIAN K-DVD Maker2-V2」
を購入してクリア。
「オーディオ入力端子」に関しては、前から持っていた「PLANEX PL-US35AP」
を使う事にしてクリア。
と、ここまでハード面で「これでオーケー!」なんて調子に乗っていたら、Ustream Producer Proのシリアル番号は、Windows版のものをMac版に使う事ができないことが判明。
これではアカン!ってことで、急遽Mac版のライセンスを購入(ちょと詐欺にあった気がしたが、気にしない)。
ここまで来ると、結構出費もしているので、どんどん調子に乗ってきて、、、TapStreamというiPhoneをカムコーダー的に使うiPhoneアプリを導入して、カメラ2台体制にすることに。
Ustream Producer Proだと何台でもカメラをつなげられて、配信中にスイッチできる。
配信画像がアクティブな感じになるはずで、前からずっとやってみたかったんだけど、もう1台カムコーダーを買うのは嫌だったので、TapStreamでやっと試せることになったというわけ。
さあ、どうなる?
以上のような流れできたわけだけど、「Mac Book Air時代」はこれからはじまるわけで、とりあえず、京都SWICH TVの「京都SWITCH的 第14回(2011/8/5 PM11:00〜)」で、最初の実践。
うん。楽しみだ!
Posted: 8月 3rd, 2011 | Author: keisuke | Filed under: モノ | Tags: shot note, メモ帳

調子に乗って、KING JIMのSHOT NOTEを使い始めてから、はや3ヶ月。
iPhoneアプリで電子化できるかどうかは置いておいて、まずメモ帳をどうつかうか。。。
これには個人差があるはず。
- メモ帳に書き留めることで脳みその整理をする
- うまくまとまった場合で、それを保存しておきたい時には、evernoteに記述する
- evernoteには雑多なものが溜まることになる
- ドキュメンテーションの時に、その雑多なものから関連メモを抜き出して参考にする
- ドキュメンテーションには、Google Documentsや、OpenOffice…提出を前提にしていて相手が望めばMS Officeを使う
- 提出する場合は基本的にPDF化する。提出しない場合は、そのままのフォーマットでDropboxに配置
ってな流れが自分のパターン。
1.と2.を効率化できるのでは?と思ってSHOT NOTEを導入してみたんだが。。。
と、半信半疑だったのもあって、結局はSHOT NOTEは「単なるメモ帳」として扱われている。
iPhoneアプリで写真をとり、電子化したのは過去に2回だけである。
結局、
- 身に付いたやり方はそうそう変えられない
- 「効率化」が本当の効率につながる保証なんてどこにもない
ということではないかと。
調子に乗って最初に10冊も買っていたので、自戒の意味も込めて「欲しい」という人には無条件で進呈する事にしている。
欲しい人、気軽に声をかけてください。
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