"Death is always on the way, but the fact that you don't know when it will arrive seems to take away from the finiteness of life. It's that terrible precision that we hate so much. But because we don't know, we get to think of life as an inexhaustible well. Yet everything happens a certain number of times, and a very small number, really. How many more times will you remember a certain afternoon of your childhood, some afternoon that's so deeply a part of your being that you can't even conceive of your life without it? Perhaps four or five times more. Perhaps not even. How many more times will you watch the full moon rise? Perhaps twenty. And yet it all seems limitless."
— Paul Bowles (The Sheltering Sky)

京都 処々

Posted: 8月 8th, 2011 | Author: | Filed under: 花街 | Tags: , ,

「全国花街めぐり(松川次郎著 1929年 – 昭和4年)」の復刻版から花街のネタをまとめる」の第2回は、いきなり「スキマ」に飛び込むことにした。

この本では、京都の祇園・先斗町・木屋町・宮川町・島原の項につづいて「新京極の盆屋、その他」という項がある。

出てくる地名は、

  • 三条大橋
  • 西陣
  • 新京極
  • 大仏前(方広寺の前あたりってこと)
  • 木屋町・下河原

といった具合。

出てくるキーワードは、

  • 辻君(つじぎみ)
  • ポン屋
  • やとな
  • 井原西鶴

など。

辻君」というのは、街の路地に小屋を設けて、そこで娼妓がサービスするというもの。

ポン屋」というのは、娼妓ではなく(広い意味ではそうなのだが)、小料理屋の女中さんなどが娼妓としてのサービスをするお店で、いろんな女性が出ていたと松川さんは書いている。
特筆されているのは、ポン屋にでていた尼さんの件。

頭はぐりぐり坊主で、薄汚れのした布子を着て、白木綿の細ぐけをしめている(細ぐけ=帯留め?)。「町方はんどすか」なぞと言って汚れた歯を出して笑う女を見たら、たいがいの人は深刻さに震え上がるであろう。

なんて書いている。
イメージしただけでぞっとするけど、見てみたかったという気持ちは抑えきれない。

やとな」というのは、出張タイプの仲居さんのことで、「やといおんな」の短縮型。
そして、二流の芸妓の意味もある。

井原西鶴」は、もちろんあの井原西鶴(←wikipediaを見るよし)。
要は、「色っぽい」を説明するのに「井原西鶴のような」と松川さんは例えるのである。
前にも書いた通り、松川さんがこの本を書いたのは昭和4年だ。
井原西鶴は江戸時代。
それでも「色っぽい」から、浮世草子をイメージし、例えに井原西鶴を出すとは。。。昭和初期と江戸時代の距離が思いのほか近いことにびっくりする。
「好色一代男(1682年)」から「全国花街めぐり(1929年)」は、約300年たっているわけで。。。

松川さん、この項の最後に。。。

こう見てみると、京都くらい色っぽい都会はあるまい。今では大阪、神戸の方がはるかに「便利」だというが、他国のものにたとえば、西鶴の色彩のようなものが背景となっているだけに、興味が深いのである。

と書いている。

京都だと「五番町夕霧楼」というだけで映画になるけど、東京だと「吉原炎上」ってな具合に火事でもないと映画にならない。。。って、この例えはイマイチだなぁ。。。

ま、そういうこと!